ワタシのさんぽ

宮城県で夫、二人の息子、’09/9/8 ドーベルマンのハンナが加わりました。

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「帰ります」 ~泣いた夜~

11月初旬。
この日は、午前中から用事があって、母をひとりで長時間留守番させていた日だった。
どんよりとした空模様で、気持ちも滅入ってくるような、そんな寒い日だったと思う。

日も暮れかけてきた夕方、母から
「帰ります」
と電話。

本当に驚いたが、動揺を隠し

「今、帰り道だから、もう少しで家に着くよ。待っててね」
と電話を切った。

車を運転していた夫にも事情を説明すると驚いていた。



玄関のドアを開け、ワタシはなるべく落ち着いたように、そして、明るい表情で

「ただいま!お母さん“帰る”って、どこに帰るつもりなのぉ?」
と、少しおどけたように聞いてみた。

すると母は、不思議そうな、不安そうな表情で
「“帰る”って。。。“どこ”に?」
と。

ワタシはてっきり、弟と暮らしていたマンションに“帰る”、と言っていると思ったのだが、母の“帰る”は、そうではなかったのだ。

母は、ここ(母がいる場所)が娘の家だと分からなくなってしまっていたのだった。
知らない家にひとりで置かれているような感じになり“帰らなくちゃ”と、思ったようだ。


一瞬の
母の不安そうな表情は
ワタシの心に刺さった。

時間にすると一瞬だったと思う。
けれど、その表情を見た瞬間は長く感じたし、母が母ではないような感じを受けた。
ワタシはショックだった。

でも、ここで取り乱したりしても何も解決にはならない。
ワタシは動揺しながらも、平然を装うしかなかった。

「お母さん、ここに居ていいんだよ。今日は長くひとりでいたから不安になったんだね」
と言った。
正確には、どんな言葉を返したか覚えていない。

しばし、母は不思議そうな感じをしながら、ワタシや夫、そして子ども達で賑やかになった“家”の雰囲気を徐々に感じたのか、本来の母に戻っていった。

「な~んだ、そっかぁ。“知らない家”にひとりでいるような気持ちになって、帰らなくちゃ(出なくちゃ)いけないと思ったんだよね~」
と笑いながら母は言った。

玄関には、母のスーツケースまでがきちんと置いてあった。
ワタシは慌てて、重いスーツケースを2階に上げた。

(どんな思いで、このスーツケースを降ろしてきたんだろう)
そう考えると涙が出そうだった。


賑やかになったリビングで、“今の出来事”を笑い話にしながら夕ご飯を食べた。



夜、ベッドに入りながら夫と母の事を話した。
「あの時のお義母さんの顔は、なんとも言えなかった。かわいそうだった」
と、夫が言った。

ワタシは、そのひと言で我慢していた何かがプツリと切れ、そして母が来てからの不安と、今日の出来事が一気に押し寄せてきて、泣いた。
母の事でこんなに泣いたのは、多分、初めてだと思う。
心に刺さった母の表情をありありと思い出しながら泣いた。
あんな表情の母は、今までに見たことがないからだ。
不安でいっぱいの母の表情。
ワタシを見つめた母の瞳に、この世界はどのように映し出されているのだろう。
ワタシには理解できないのだ。

「お母さんが、お母さんじゃなくなる。これからどうなっていくの?」
と。


こんな事で泣いてもどうにもならないのは、分かっている。
でも、この日は泣くしかなかった。

ここが母が生まれ育った宮城県で、娘の家だという事を認識できなくなってきているのだ。
“自分の居場所が認識できない”
それがこういう事なのだ。




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