ワタシのさんぽ

宮城県で夫、二人の息子、’09/9/8 ドーベルマンのハンナが加わりました。

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地震後 二日目

3月12日 (土) 夜 

相変わらず停電。
薪ストーブのおかげで寒い事もないし、お湯も沸かせる。
お風呂こそ入れない(シャワーも不可)けれど、レギュラーガソリンで使えるランタンもストーブ(コンロ)もあり、カセットガスで使えるランタンもストーブ(コンロ)もあり、灯りにも困らないで夜を過ごせていた。
ろうそくもある。
懐中電灯も5個、準備できた。そのうちの3個は、自転車から取り外した。
18時過ぎ、鍋で炊いたご飯を知り合いのうちへ届けに行った。

停電がいつまで続くのか分からないのでいたむのが早そうな食材から手をつけていく事にした。
湧き上がるお湯は、ストーブ(コンロ)で沸騰させてご近所さんへ配った。


薪ストーブ以外、オール電化の我が家の家電はすべてダウン。
冷蔵庫はただの“箱”になり、冷凍庫の中身も徐々に溶けはじめている。

ラジオを聴きに度々、車に聞きにいく。

3月13日 (日) 朝

携帯電話もずっと“圏外”表示。
何がどうなって、誰がどうしているのかさえ知る事ができないでいる。
今朝も鍋で炊いたご飯を食べ、半分をお隣さんちへおすそ分け。

朝、犬の散歩がてら自治会長さん宅へ。
公園にある緊急時の倉庫内に何があるのか確認に行く。
中身は食べ物などないとのこと。

歩いているとご近所さんに
「そろそろ断水するらしいよ」
と、声をかけられる。

午前中、夫のお兄さんが単身赴任先から我が家へ立ち寄り
「こんなのしか買えなかった」
と、お菓子などを差し入れてくれた。
お兄さん家族がいる地域は断水しているというので、ポリタンクに水を入れて渡す。

この時点で断水はしていなかった。
断水情報があったので、すでにあらゆる容器に水は溜めていたが、悠長に構えていられなくなってきたようだ。

昼近く、団地内の住宅販売所には、手書きのメッセージがあるので夫と自転車で確認に行く。
小学校が休みな事、節電・節水する事、営業している銀行の情報、開院している病院のお知らせなど、色々な情報があり、更新されていた。

帰り道、団地内のスーパーへ向かうも長い列。
知り合いがいたので声をかけたら4時間並んで数十メートルしか進んでないし、買い物は“一人1000円まで”だという。欲しいものがあるのかさえも分からない状態にも関わらず並ぶしかない、という。

夫と帰宅。
昼食後、ご近所さんが山形県へ買出しに行ってきて、こちらよりも買い物ができた。
並ばないし、制限もないというので、夫と話し合い、他のご近所さんにも声をかけて、リストを貰い、精米したい米も積み、夫婦で買出しに行く事を決めた。
沢山の物を買いたかったので、子どもたちはミント母さんにみてもらう事にした。


乗用車のガソリンは半分くらい。
スムーズに行けば、往復は可能。
ガソリンも給油できたら給油しよう、と思った。

自宅から笹谷トンネルを抜けて山形へ向かった。
相変わらず信号機に色はない。
行きかう車。
皆、どこへ行くのだろう。
絶え間なくラジオからは、震災のすさまじさ、被害の大きさが流れてきて、気分が滅入ってくる。
本当に、本当に大変な事態なのだ。


山形県に入ったとたん、ご近所さんに預かった携帯電話にも次々にメールが着信されている。
ワタシの携帯電話にもメールがひっきり無しに入ってくる。
夫には遠方の同業者さんより電話も入った。運転している夫に代わり、電話に出ると
「よかった~、通じた~」
と、言う声。
“初めまして”にも関わらず、互いの無事を伝えあった。


やっとつながった携帯電話で、遠方の弟、市内の叔母に電話をした。


山形市内。
気がつけば山形市内に入っていた。
信号も作動しているし、沿道のお店も普通に営業している。
地震の被害は、特に感じられない街並みだった。

1軒目のスーパーが見え、そこに入ることにした。

店内は異様だった。
野菜や果物、日用品はあるけれど、乾麺やレトルト食品の棚は空っぽ。
普通に買う肉や魚、パンもない。

夫と二手に別れ、ワタシは預かったリストを見ながら、売っている物を次々にカートに放り込んでいく。
リストにある、ガスコンロ用の“ガス”、“乾電池”は売り切れていた。

何を買ったらいいのか、生ものはどうしよう、そんなどうでもいいような事を考えながら、でも“いつもと違う買い物”を続けた。


スーパー2軒目。
携帯用のコンロのガスはやはり欲しかったので、さっきと同じ系列のスーパーへ。
店内の商品の様子は、さっきとほとんど同じだった。
ガスコンロ用のガスも、電池もない。

「先が見えない」
という思いが強くなり、駐車場にあった精米機で夫が精米している間に買い物を続けた。
在庫はあるのだが、今度はドッグフード、トイレシーツ、猫砂も買い足した。

精米を終えた夫と更にお菓子なども購入した。

視界に入ってくるガソリンスタンドは、どこもかしこも長蛇の列。
ガソリン補給はあきらめる。


すでに17時を過ぎていた。
もう、帰らなくては。

帰りは関山峠を帰る事にした。
途中のコンビニで残っていたスポーツ新聞を買った。
大きな写真には、水浸しの地域の写真。
この前見た新聞記事の地域とは別の地域。
言葉にならない。

駐車場に停めた車の隣には、“練馬ナンバー”の車。
車体には“医療物資配送中”と、貼られていた。
目頭が熱くなってきた。
(ありがとう、ありがとう)
と思った。
夫婦で無言になる。

そして、目に入ってきたホームセンターに期待はしていなかったけど入ることにした。

車を降りると入り口で拡声器を持った従業員が
「ただ今、カセットコンロのガスが入荷しました!宮城県の方、優先でどうぞ!!」
と繰り返し言っていた。

夫と駆け出して、一人2セット(3本入り)までというコンロ用のガスを抱えた。

興奮してレジを済ませ、嬉々として車に乗り込んだ。


途中、陥没したアスファルトで片側通行になった為、長い渋滞に巻き込まれながらも21時には帰宅できた。

子どもたちを迎えに行き、目を覚ました長男だけを車に乗せ(次男は、爆睡につき泊めてもらうことにした)、家に着いた。


大した事はなにもしていないのに、ずっと車内で聞いていたラジオからの惨事でぐったり疲れた。


着替えもせず、半分寝ぼけている長男とベッドに入った。


(数日間は食べ物の心配はいらないだろう)
そう思えただけで少し安心し、あっという間に眠りに落ちた。








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| 東北地方太平洋沖地震 | 21:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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