ワタシのさんぽ

宮城県で夫、二人の息子、’09/9/8 ドーベルマンのハンナが加わりました。

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「断水」という生活

生物が生きていく為に必要な物である“水”。

「水がない」
という生活を体験した事がなかったので想像もできませんでしたが、これがなかなか不便なものでした。

3月16日(水) ~地震後5日目~
地震後、あちらこちらで断水しているという事態にも関わらず、どういう訳だか断水していなかった我が団地も本当に水が出なくなった。
(同じ団地でも数軒先はすでに断水していたようだが、我が家はちょろちょろではあったが完全に出なくなったのは16日の夕方頃)


断水に備えるべくあらゆる容器(ペットボトル・ポリタンク・ポリケース)に、水を溜めておきました。

貯水
給水車の方から頂いた“バッグ”5L/個 奥にあるピンクのボックスにも水は入っています

“手を洗う”
“米を研ぐ”
“野菜を洗う”
“食器を洗う”
“入浴”
“はみがき”
“トイレ”
“犬・猫への水”

…………

生活していると沢山の水を使っていたし、蛇口を開ければ“水が出る”が当たり前だった。
確かに断水直後は、家族全員がいつものクセで水洗トイレのレバーを回したし、手を洗おうと、水を飲もうと、“出ないのを忘れて”蛇口を開けていました(苦笑)
そして、気づく
「あっ、出ないんだった…」

それほどまでに“水”は、生活に溶け込んでいるし、なくてはならない物だったのです。

また、断水となる頃はこちらは大変な冷え込みで雪が降り積もりました。
避難所生活の皆さんもとても寒い思いをしていたと思います。
そんな“雪”をバケツに集めてトイレ用の水も備蓄しました。

雪を解凍中
体積はあるけれど、水になると3分の1程度になってしまう雪

そして、室内に入れても雪はなかなか溶けないので…

ストーブで溶かす
ホーローの容器に移し替え、ストーブに乗せ、直接溶かす!

トイレを流す
トイレ前に陣取るバケツと洗面器&手桶


「断水」という不便な生活でしたが、こうなってみて水のありがたさも身に染みましたし
「簡単に水を自宅で出す・使う」
という事と引き換えに私たちは「何を得たのだろうか」とも考えました。

断水した直後、数千人が暮らすであろう我が団地内に来た給水車は1台。
それに並ぶ沢山の人。
給水車の水がなくなったら、往復1時間半ほどをかけて浄水場から補給し戻ってくる、という具合でした。
その間も寒くても並んでいる人は、そのまま待ち続けます。

断水して二日目くらいには、給水場所がもう一箇所増えましたが、並ぶ人や時間は増すばかりでした。
きっと、今までに溜めていた水もなくなり始めたからでしょう。

自衛隊の給水車
3月17日撮影 雪が舞う 給水する人も、水をもらう人も寒い

並びます
我が家から片道10分の場所での給水 2時間くらい並ぶ事になることもあった


「生活に必要な水を手に入れる」
その事に1日の何時間かを費やしたり、時には洗濯する為に片道5キロほどのコインランドリーへ行ったので“時間”と“ガソリン”も費やした。(今回の断水中に利用したコインランドリー回数は4回、そのうち2回は自転車での往復)

(でもさ、そういう“水を手に入れるのに沢山の時間を費やさなければならない生活をしている人々が、世界中には沢山いる”んだよね)しかも手に入れた水がきれいだとは限らない

今回ほど身に染みて思った事はありません。


2、3時間コインランドリーで待ち、40分くらいで洗濯完了。
ひいこら言いながら自転車で片道5キロの道のりを濡れた洗濯物を背負って帰宅。
とぼとぼ歩きながら30Lくらいの水を一輪車で運搬。
そんな時間の中で思ったこと
「津波で今も不自由な生活を強いられている人々がいる」
そして
「遠い異国の厳しい環境の中、水を求めている人たちがいる」
ワタシの断水生活は「期間限定」で「時間がかかる」以外は、便利だった。
けど、終わりが見えない断水生活をしている人たちがいる。

色々とワタシなりに深く考えさせられた10日間の断水生活でした。

そして、昨日26日17時頃。
断水が復旧しました!!!

P1070095.jpg
こんな生活ともお別れ!

P1070103.jpg
出始めの水は濁っていました(飲んではいけません!)


24日の午前中に公衆浴場へ行ったので、約二日ぶりの入浴☆
湯上りの一杯は、格別☆


P1070100.jpg
地震で割れた鉢植えから切って水挿ししているハートカズラ。もう、根が出ている!
生きる上で水は必要、そして、強く生きていくと言うこと。


たくさんのことを考えた断水生活10日間でした。


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| 東北地方太平洋沖地震 | 11:07 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

ジュンコさん、はじめまして。在米のあやと申します。
こちらの優しいブログを、いつも読み逃げさせて
いただいていました。

お水がどれほど大事なものかって、断水を経験すると
痛感しますよね。頭上に大きな水瓶をのせて歩く
アフリカの女性達の姿が、真っ先に浮かびました。
以前、大学院で環境保護を専攻している人たちと
アパートをシェアしていたとき、
「小用後のトイレはいちいち流さない」がルールでした(!)
最初はちょっと勇気が要りました。
恥ずかしさもありました。
水の色が真っ黄色(すみません)になって、臭ってきたら
流す。3-4回に一回ぐらい?
でも、それで何か困ったことが起きたかというと、何も
起きませんでした。流すことが当たり前になっていて、
トイレを一回流すのにどれだけ大量の水が使われているか
なんて、考えたこともなかった私には、よい勉強でした。

いろんな意見はあるかと思いますが、うちではお風呂の
残り湯で洗濯をし、めだかの水槽の水を植物に与えるなど
して、水を使い回すようになりました。私は一人暮らし
なので、トイレをいちいち流さない生活を続けています(笑)。

水道が復旧して本当によかったですね。復興には気が遠く
なるほどの時間もお金も必要だと思います。今のところ、
寄付ぐらいしかできていないのですが、できることは何でも
させていただきます。ジュンコさん宅にではなくても
いいので、何か思いついたら遠慮なくリクエストしてくださいね。

初コメなのに、長文失礼しました。また寄らせていただきます。


| あや | 2011/03/27 21:56 | URI | ≫ EDIT

あやさんへ

初めまして、コメントありがとうございます。

> 痛感しますよね。頭上に大きな水瓶をのせて歩く
> アフリカの女性達の姿が、真っ先に浮かびました。
まったく、その通りです。
重い水を運びながらテレビ画面で観た光景を思い出し、それでさえ彼女たちよりも恵まれた環境下で給水しているんだなぁ、と思うと自分の弱さというか軟弱さが恥ずかしくなってきました。

トイレの事を始め水に関しても、自分では今までも“節水している”と思っていましたが、断水してみてまだまだ出来る事はあると感じました。

>私は一人暮らしなので、トイレをいちいち流さない生活を続けています(笑)。
ワタシも家族が居ない時は、心おきなく(笑)そういう風にしようと思いましたし、子どもたちにももう一度考えてもらってもいい事だと思ったりもしています。

わが身に起こって初めて、本当に頭と心と体で理解できる事って沢山あると思います。
そして、思いやる事もできる。
今回の地震で起こった出来事は、ワタシにも家族にも色々考える事が出来ました。

お心遣いありがとうございました。
自分に出来る事を続けて行こうと思います!
宮城県在住として、頑張ります!

| ジュンコ | 2011/03/29 16:05 | URI |

大変でしたね。

10日とは言え、大変だったと思います。
神戸の震災の時は、水道とガスが出なくなったので、
人々は川で洗濯。川からくんだ水でトイレを流してました。
当時私の家はマンションの7階だったので、結局水とガスが
完全に復旧するまで3ヶ月戻れず、週末には通って、グチャ
グチャの家の中の掃除をしていました。
幸い実家は大丈夫だったので、不自由な生活はしませんで
したが、毎週末、掃除と片付けに戻るのが憂鬱だった記憶が
あります。
でも、避難所や仮設住宅で長く暮らされた方々よりずっと
ダメージは少なかったわけで。
今回の震災での被害はそれ以上だと思うので、皆さん本当に
大変だと思います。
早く少しでも暖かくなってくれたらと祈らずにはいられません。

| TOTO'Z FACTORY | 2011/03/29 20:11 | URI | ≫ EDIT

うちはすぐに断水しました。給水車が来るようになったのは5日後くらいだったかな。それも1キロ先でした。町内の公園で3日間くらい水が出ていたのでなんとかなったんですが、なかなかハードでした(苦笑)トイレは・・・うんPはビニール袋でダイレクトキャッチ!ワンズのと一緒に外で凍ってました。

| デルピまま | 2011/03/29 21:19 | URI |

ぱぷりかさんへ

> 10日とは言え、大変だったと思います。
思い出すとあっという間でしたが、当時はえらく“水”の事ばかりを考えていたように思います(苦笑)

何をするのにも
「生きていく為に最低限しなくてはならない事」
ばかりで
「楽しいから並ぶ」
という事などではなかったので、本当に気持ちが悶々としておりました。

ワタシの所はライフラインも復旧し、後はガソリンがもうちっとマシになれば、、、と願うばかりです!
そうなった時には、甚大な被害を受けた地域、そしてそちらの皆さんへ出来る事を続けていこうと思っています。

| ジュンコ | 2011/03/31 22:37 | URI |

デルピままさんへ

同じ市内でもまだまだ不便な所もあるようですし、ままさんの所も大所帯ですし、本当に大変でしたね。

水のありがたさを痛感した日々でした。

| ジュンコ | 2011/03/31 22:39 | URI |















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